当時のゲームは難解だった
- 中村 尚
- 2018年4月12日
- 読了時間: 2分
僕は今、Youtubeにアップされている
ファミコンソフトのクリア動画にドはまりしている。
僕は小学生の頃、
ファミコンのソフトで「ロードランナー」という、
プレイヤーを追跡してくる敵(?)を
落とし穴に埋めつつ金塊(?)を取る内容の
パズルゲームに熱中していた。
当時の僕の知能ではそのゲームを攻略する力はなく、
(攻略本は頑なに読まなかった)
エンディングまで到達できずに志半ばで諦めてしまったが、
Youtube上の見知らぬ人がそのゲームをクリアしていて
僕はとても興奮した。
当時のことを思い返してみると、
クリアできずに放り出したゲームは多かった。
「マイティボンジャック」然り、
「チャレンジャー」然り。
当時のゲームは難解だったのだろうか。
或いは僕の諦めに至る判定速度が早かったのか。
そんなことを思い出していると、
小学生の頃に自作漫画を描いていたことを思い出した。
小学3年生の頃には、
僕はサッカー漫画と格闘漫画を掛け持ちで連載していた。
不思議なことに誰に読んでもらうでもなく、
漫画で表現すること自体に満足していた。
むしろ自作のものを人に披露することを
恥ずかしく感じていたので、
連載漫画は僕の机の抽斗の奥に隠していた。
今となっては自作漫画の内容など全く覚えていないが、
それなりに情熱を注いでいたことは何となく覚えている。
翻って僕は編曲やギターアレンジを考える時には、
まず楽曲に対する僕なりのイメージを
自分の中で咀嚼して勝手に物語を作りながら解釈する。
その工程を経ずして僕は編曲作業に移れないのだが、
その原因は僕が漫画を描いていたからなのだと確信した。
漫画で表現していたものが音楽に変わっただけの話だ。
決して軽んじている訳ではないが、
僕にとって音楽は遊びなんだ。
BGM:Radiohead『Sit Down, Stand Up』


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